【酒と酒場のショートストーリー】第5夜~閑話休題・ハードボイルドへようこそ!

サケサカ
ここはBar SOMEDAY・・・・・・かどうかはさておき
閑話休題として、ま、こんなちょっとしたショートジョークはいかがでしょう?
カウンターの片隅ではお洒落な会話ばかりではなく
こんなおちゃらけた会話が交わされている日もあるのですね
ハードボイルドな世界・・・・・・を?たまにはお楽しみを

「よろしかったら、もう1杯いかがですか?」

俺は、3つ隣のスツールに座っている女に声をかけた。

「え?」

女は一瞬驚いた声をあげたが、すぐに笑顔で答えた。「いただくわ」

雑居ビルの地下にある小さなバー。そこでたまたま隣り合わせた男と女。会話を交わし、グラスを合わせ、一夜限りの恋が始まる。・・・・・・まぁ、良くある話だ。

実にハードボイルドな夜である。

「彼女に<ホワイトレディ>をもう1杯。それと、僕には<マンハッタン>をドライで」

俺は、顔なじみにバーテンダーにそうオーダーを頼んだ。彼は黙ってうなずくとシェーカーを手にとる。

「<ホワイトレディ>・・・・・・か。あなたにはぴったりのカクテルですね」

そんな歯の浮くような台詞も、こんなシチュエーションなら許される。それが証拠に、女もちょっと照れくさそうにはにかんだ後、小さく小首を傾げて見せた。

「お待たせしました」

ミスター・バーテンダーが2人の前にそれぞれのカクテルを差し出す。俺達は、同時にそれを手に取った。

「それじゃあ、乾杯しましょう」

「何に乾杯するのかしら?」

「もちろん」

俺は、そう言いながら女の眼をじっと見詰めた。「2人の出会いにです」

「まぁ、気障ね」

女はそう言いながらもまんざらではない笑顔で俺を見つめた。

「それじゃあ、素敵な2人の出会いに・・・・・・」

言いながらグラスを傾ける2人。・・・・・・と、その瞬間。

「お~っ! やっぱりここにいたか! いやいや、探しちゃったよ。はっはっは」

背後からふいに聞こえてくる、実にノーテンキな笑い声。

「あ~、の~、な~・・・・・・」

ゆっくり・・・・・・、極めてゆっくり、俺は振り返り、声の主を睨みつけた。

右目だけ細めて。・・・・・・いわゆるジト目ってやつだ。

「あれ? 何? もしかしておじゃまだった・・・・・・、かな?」

声の主、俺の友人のMは実に軽薄に言い放った。まるで、今にも『およびでない?』とでも言い出しそうな雰囲気だった。

「おじゃまも何も・・・・・・」

「それじゃあ私、これで失礼いたします。ごちそうさま」

言いながら女が席を立つ。

「あれ? ちょっと・・・・・・。ねぇ、待って・・・・・・」

しかし、女はそんな俺の台詞に耳も貸さず、早々に立ち去っていった。

「いやぁ~、悪い悪い」

Mは、これっぽっちも悪いとは思っていないかのように言い、俺の隣のスツールに座り込んだ。

「くっくっく・・・・・・。いやぁ、外しましたね」

さっきまでのクールさがまるで嘘のように、バーテンダーが声をかける。

「あのねぇ、そういう言い方ってないんじゃないの?」

「でもですねぇ・・・・・・」

そんな俺の抗議には耳を貸さず、ミスター・バーテンダーは言った。「今回の場合はMさんに感謝した方がいいかもしれませんよ」

「へ?」

俺は素っ頓狂な声をあげた。「なんで?」

「だって、さっきの方・・・・・・」

そこまで言うと、彼は声をひそめた。「実はニューハーフなんですよ」

「うげ!」

思わず俺はうめき声をあげた。

「はっはっは~だ。いやいや、おしかったねぇ・・・・・・。邪魔しなきゃ良かったかな?」

隣ではMが腹を抱えて笑っている。・・・・・・く、くそぅ・・・・・・。

「ちくしょー! バーボンをロックでくれ!」

やけくそのように言う俺。

「あ、俺も同じのでいいや」

気軽に言い放つM。

「かしこまりました」

恭しくうなずくミスター・バーテンダー。

三人三様。それぞれの夜。

雑居ビルの地下にある小さなバー。

そこに図らずも集った男と男。

会話を交わし、呑んだくれ、いつもの夜が過ぎてゆく・・・・・・。

実に・・・・・・、実には~どぼいどどな夜であった。

2000.9

サケサカ
2020年サケサカのボヤキ
結構気に入っている作品です