仮想居酒屋【酒と肴】秋の夜長の燗談会

いらっしゃい! <酒と肴>へようこそ

て、何だカズじゃねぇか。どういう風の吹き回しだい? ずいぶん久しぶり・・・・・・。え? 土産を持ってきただって? 何だよ、それを先にいいな。ま、ほら掛けなよ。

んで、とりあえず酒はどうしようか? ん? 常温でうまい酒をなんかくれ?

あいよ!

とは言ったものの、ずいぶんまた選択肢が広いねぇ。常温でうまい酒ねぇ、いっぱいあんだよなぁ。

あ、そうだ。これなんかどう? うん、この酒。

『越の景虎 初呑み切り』

そ、あの名水仕込みなんかで有名な割りと人気のある新潟の酒ね。その『初呑み切り』ってやつ。

この冷蔵庫に入ってる奴を徳利に移して、っと。こうして湯せんでゆっくりと・・・・・・。ほら出来た。これ以上つけちゃうと常温じゃなくて柔燗(やわかん)になっちまうわな。

はいよ、お待ち。お猪口は今日はどれを使う? 好みの奴を選んでくんなァ。

え? 何だって、マスターも一杯どうかって? 嬉しいことを言ってくれるねぇ。

そりゃ喜んでいただくよ、もちろん。・・・・・・おっとッとッと・・・・・・。ありがとさん。ほんじゃま、乾杯ってことで。

うん、うまい。この酒冷して飲むとちょっと辛口が強いような気がするけど、このくらいの温度で呑むとまた違った感じがしていいねぇ。

ん? 『初呑み切り』って何かって?

うん、それはだなぁ、日本酒ってのは大体冬から春先にかけて仕込むだろ? それをタンクの中で熟成させて、秋口になったら出荷するって訳だけど、その前に夏の時分に熟成具合がどんなかを見るために、タンクからそっと酒を汲んで呑む儀式みてぇなもんがあるんだ。

その儀式のことを『初呑み切り』って言って、まぁ秋に出来上がる酒の出来具合を予想するって言う意味もあるのかな?

で、この酒はその時分のまだ熟成途中の酒を特別に汲んで瓶詰めしたもんさ。まだ熟成し切ってないぶん多少粗さは残ってるけど、こうして呑むとまたオツなもんだよねぇ。

あのさ、カズ。ところで、お土産ってのはいったい・・・・・・。

お? おお! こりゃあ松茸じゃないの! しかもこんなにたくさん! どしたの? これ?

え? 中華街の知り合いがたくさん分けてくれたんで一緒に食べようと思って持ってきたって? てことは中国産?

あ、ああ・・・・・・、いや。別にがっかりなんかしちゃいないよ。最近の中国産松茸はずいぶんとうまくなってきてるからねぇ。ま、もちろん丹波の松茸とは比べるべくもないけど・・・・・・。

あれ? ちょっと待ってよ? カズ、今一緒に食べようって言わなかった? ね? 言ったでしょ?

いやだね、カズ。そりゃあお土産ってよりどっちかって言うと持込じゃないか。ま、もちろん分けてくれればあたしは文句言わないよ。お酒もご馳走になっちゃってるしね。

さてと、そんじゃまぁ、中国産とはいえこんなに一杯松茸があるんだから、今夜は松茸尽くしと行こうか。ま、とりあえずここの火鉢で焼き松茸でも・・・・・・。

うん、やっぱ中国産もばかには出来ないね。いい匂い。これにつられて酒は・・・・・・。やっぱ松茸と来れば秋だし、そうすると酒も秋っぽいのがいいよなぁ。とすると・・・・・・。

『芳水(ほうすい) 冷卸』

ああ、そうそう。そうだよ。さっきの『初呑み切り』を過ぎて、熟成が進み、その後に出荷されるのが、この『冷卸(ひやおろし)』ってやつ。

昔から酒ってのは秋口になって酒の温度と外気の温度が同じぐらいになる頃がちょうどいい按配の熟成具合で呑み頃だって言われてたもんで、その秋口に出回る酒を『冷卸』って言ってありがたがったってわけ。

ワインで言えばボージョレ―・ヌーボーみたいなもんかなぁ? ・・・・・・ちょっと違うか? ま、はしりの秋刀魚みたいな一種の季節の風物詩ってとこかな? もちろん酒呑みにとってのね。

こいつもやっぱり『冷卸』ってぐらいだから、ヒヤ、つまり常温でいただきますか。

そら、お一つ。ンじゃあたしも一つ・・・・・・。

あ、気にしないで。大丈夫、大丈夫。あたしゃ手酌で飲るから。え? そうじゃなくて、そんなに飲んで大丈夫かって? ああ、それならもっと大丈夫。心配しないで。ちゃんと勘定はお前さんにつけとくから。へへ。

え~っと、料理はな・に・を作ろうかな?

まずは定番『松茸の土瓶蒸し』に、『松茸ホイル焼き』。それに最後はあたしの好きな『鴨と松茸のはさみ焼き』!

でしょ? 旨そうでしょ?

ほら、カズ。あったかいうちにどんどん食べて。酒は今日は常温で通すかい? それじゃこいつなんかどう?

『湘南の酒 特別本醸造』

え? そうさ、もちろん。神奈川の湘南・・・・・・っていうか、茅ヶ崎で造られてる酒でね、

通常は『曙光(しょこう)』って酒を造っている蔵元さんなんだけど、この酒に限ってはなんと名前がついてないモンで、仕入れ元の出入りの酒屋さんが便宜上『湘南の酒』って言ってるんだ。

常温でやってもうまい酒だけど、ぬる燗につけてもいけるよ。え? 試してみたい? もちろんいいとも。ほら、こうやって湯せんで・・・・・・・。

ああ、そうだね。やっぱ日本酒の燗は湯せんでつけるのが一番うまいと思うなぁ。

ま、どうしても便利だからってんで電子レンジでつけるところが多くなってきてるけど、やっぱこうしてゆっくりと湯せんでつけた方がふっくらとやわらかく出来上がるような気がするんだよね。

ま、その点電子レンジってのは、電子って言うぐらいで分子構造になんたらって・・・・・・、ま、あんま難しいことはわかんないけど、とにかくなんか偽者のイメージがあるよなぁ。やっぱ冷めるのも早いしね。

ま、でも普通にやるんなら便利は便利だよ。こだわりさえ脇においときゃね。

もちろん電子レンジでもうまく燗をつける方法ってのはあるにはあるけど、やっぱ時間とその気のあるときは湯せんでやった方がいいんじゃないの? その方が風情もあるし。

便利一点張りってのもどこか寂しいよね。余裕なくてさ・・・・・・。ま、そういう意味じゃこの炭火って奴も時代に逆行してるとは思うけどね。

さてと、松茸料理でお腹も一杯になったし、すっかりお酒もご馳走になっちゃったから、最後の一杯ぐらいはあたしにおごらせてくれる?

『菊姫 山廃純米』

ほいよ、一杯どうぞ。

と。うん、うまい。

え? あたしのことだからもっと変わった酒が出てくるかと思ったって?

う~ん、ま、確かにこの酒は別に高くも、おまけに何の珍しくもない酒なんだけど、あたしはこの酒の燗つけた奴が好きでねぇ。それに、あんまり最初から飲む酒でもないからさ。〆にしっかり燗つけて、なんてのがいいさね。

松茸と日本酒三昧で過ごす秋なんて、日本の秋って感じがしていいねぇ。今日はすっかりごちそう様でした。いい秋の夜長でしたよ。

さてと・・・・・・。あ、ちょいと待ってくれよ? 菊姫の山廃飲んだら忘れちゃいけないつまみがあったんだ。

これこれ、これだよ。菊姫と同じ石川県産のゴロイカ。こいつをこうして炭火であぶるとね、中のゴロ(=ワタ)がねぇ、山廃の酸味になんとも言えずいい具合に・・・・・・。

え? 何だって? もうお腹も酔いもいっぱいいっぱいだって?

なんだよカズゥ。そんなこと言わずにもう一杯どう? もちろんあたしのおごりで。

今夜は飲み明かそうじゃない。秋の夜長をしみじみとさぁ。

て、ありゃま、ふらふらしながら帰っちまったよ。

しゃあない、今日は手酌で一人酒・・・・・・っと。秋だねぇ。わびしいねぇ・・・・・・。

2001年